ようこそ松山へ浅越しのぶさん
1976年6月兵庫県赤穂郡生まれ。小学校4年生からテニスを。高校入学、恩師光国先生との出会いで、努力と才能への触発を受け、気づき、弾みが生まれ、現在につながる。2000年ウィンブルドンでシングルス予選勝ち上がりグランドスラムに初出場。2004年全米オープン シングルスベスト8進出。ダブルスでも2005年全仏オープンベスト8。2006年全豪オープンベスト4。オリンピックでもシドニーに出場し、アテネでは杉山愛と組んだダブルスでベスト4。2006年全米オープン8月引退表明。現在はNECに所属し、ジュニアテニスクリニックなど後進の指導にあたる。
2007年9月2日(日)於:松山中央公園テニスコート
愛媛県ジャパンテニスツアー〈ジュニアテニスクリニック〉が、坊ちゃんスタジアムを中心に、さまざまなスポーツ施設が集まる、松山中央公園のテニスコートで9月2日(日)に開催されました。クリニックドクターは、多くのファンを魅了した浅越しのぶさん。
会場には大勢のジュニアがつめかけて!
テニスに夢をかける少年少女たちは、この絶好の機会を自分のものにしようと、真剣な表情で指導を受けていました。 現役引退間もない、浅越しのぶさん。ピンマイクを通して、活き活きとした会話が会場いっぱいに響きわたっていました。
(探す)
探しても見つからない小柄な浅越さん。教えられて「アッ、いた!」
混ざるとわからない浅越さん!(ピンク後姿)
いくら小柄と言っても、世界の浅越さんが目立たないはずはない!埋もれていました(笑)。コート別に待ちかまえている大勢の参加者を、球数を決めて次々にクリニックしながら、次のコートに移っていく方法は、探す側にとってはうまく目立っていて、見つかりました。
身長169cmと本当に小柄な姿に少し驚きながら。
子供たちも真剣勝負!
(拝見)
「そこまでやるの?」「よ〜し」気軽に声をかけて楽しそう!
テニスをやっていることがとても楽しそうな浅越さん。
ジュニアと言っても体格は浅越さんよりもでかい相手に、笑顔で語りかけ的確にアドバイスをおくる。
9時からスタートしたクリニックの時間は、うそのように素早く過ぎていきます。
(10時30分 ファーストプログラムが終了。ご挨拶)
とにかく数を打ちましょう。そして楽しくテニスをすることです。
挨拶とアドバイスをおくる浅越さん
『たくさんプロの試合を見て、できるだけ自分のものにしてレベルアップにつなげてほしい。「どうしたらうまくなりますか?」とよく質問を受けますが、とにかく数を打つものが頂点 に行きます。つまり練習はしんどくて、過酷ですが、努力する人は必ず輝きますので頑張ってください。
ジュニアじゃない人は、テニスは激しいスポーツなので、練習前にしっかりとストレッチやウォーミングアップをしてください。そして上達するには楽しくテニスをすること、どうぞ楽しく続けていただきたいと思います。今日はありがとうございました。』この後、参加されていたお二人にお話を伺いました。
(参加者の声 小川早苗さん 主婦)
球がとっても素直に飛んでいくし、無理のない体型からキチンと軸も崩さずに。とても基本ができていてきれいです。私はテニス歴7〜8年ですけど、きっかけは主婦仲間で楽しく始めました。テニスは 奥が深いですから、もっともっと勉強していきたいと思います。
(参加者の声 高市和人くん 6年生)
やっぱりトッププロなので早くてうまかったです。浅越さんは、テレビでトッププロの試合を見るようになって知りました。僕は3歳の時からテニスをやっています。将来はトッププロになりたいです。
笑顔が素敵な浅越さん
(現役時代との変化は?)
信じられないくらいハードだったんだな〜と!(笑)
振り返ると、世界を転戦しての過密スケジュールを良くやっていたな〜とつくづく思う!
その時は当たり前のように思っていたのですが、現役を離れて、改めて杉山さんたちを見ていると、あんなに過密で厳しいスケジュールに、良く我が身をおいていたな〜と、冷静にみて驚きました。
それが一番感じますね!
(参考)
一人で参加するテニス競技は、国内・海外含めて、ホテルの予約から飛行機の手配、練習するコートや練習相手の確保、スケジュール管理まで全部一人で行います。初めての海外都市などは、ホテルにつくまで緊張の連続。そして試合。本当に大変なおもいをされていたようです。 そうそう、浅越さんは海外があまり好きじゃなかったようですよ!
(あの驚異の粘りはどこからきていたのですか?)
元々あきらめが早い私だったのですが、ある時これじゃ駄目だ!と・・・・
私は21才から世界戦に参加し始めて、最初がウィンブルドンでしたが、それからプロになって10年くらい経っています。その内26才位までは、以外にあきらめが早かったのですよ。「あっもう駄目だわ」って。
世界ランクが50番台くらいにいってしばらくして、「今のままの練習では勝てない!練習の限界まで挑戦しよう」と、コーチと相談してかってない練習をしました。
その結果として「ねばりが出てきたね〜」と言われるようになりましたね。やっぱり練習の一言につきます。
(一番印象に残った試合は?)
2004年のベスト8までいった全米オープンですね!
やはり今までで一番心に残っているのは2004年の全米オープンでベスト8に残った試合です。あの大会の自分は今までで最も輝いていたんじゃないかと思います。
プレーそのものが一番よかったと思うのは2003年のウィンブルドンでスロバキアのハンチコバ選手に勝った後の3回戦。イタリアの選手と戦った試合です。
すべてがイメージ通りにいったし、今までで最高のプレーができたと思っています。
(センターコートでの試合は、やはり格別?)
視線を独り占めのような、ワクワクしますね。
あんなに大勢の観客の視線が、自分に向けられていると考えると、ワクワクしますね!それは他のコートでは体験できないものです。
だから、極端に言えば、自分がもてる以上の、何かをもらうことができるコートだと思います。
(うれしかったのは?)
友人たちの応援です。
日本からの友人や知人がわざわざ来てくれて、精一杯応援してくれることが本当に嬉しかったですね。最後の全米オープンでは本当に多くの仲間が来てくれました。これならまだやっても良いかな!と思ったくらいでしたね〜(笑)。
(これからの抱負を? )
後に続く人たちを育てたいですね!
これからの女子を見ても、後に続く人を考えるとなかなか厳しいものがあります。
このようなクリニックなどを通じながら、後継者を一人でも多く育てていきたいと思います。
(浅越さん、お疲れのところをありがとうございました。益々のご活躍をお祈りしております)